2013年8月

戦国のメリークリスマス

宣教師ルイス・フロイスが書いた「日本史」によると、戦国時代にクリスマス休戦が日本でも行われました。信長・松永久秀の軍勢と三好三人衆の軍勢が戦っていた時のことです。双方に多くのキリシタンがいたことから、クリスマス(当時はナ……

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レオの涙

「限りあれば 吹かねど花は散るものを 心短き 春の山風」 35歳という若さで逝った氏郷辞世の句です。もし氏郷がもう少し長く生きていれば関ヶ原はなかっただろうとは多くの歴史家の見解です。秀吉の後、もっとも天下に近かった男の……

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氏郷が遺したもの その3

日本三大祇園祭りに挙げられる田島祇園祭。800年の歴史を持つ祭りでありましたが、伊達正宗が会津を支配したとき正宗の命により一切の民による祭りごとを禁止させられました。その後奥州仕置により蒲生氏郷が領主となり、田島・鴫山城……

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キリシタン大名 その5

イエズス会のフランシスコ・ザビエルは、布教先のマラッカで出会った日本人ヤジローの話しから日本とその文化に興味を覚え、1549年に来日。彼が見た日本人の印象を本国に以下に書き送っています。「この国民は私たちがこれまで接触し……

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氏郷が建てた鶴ヶ城

1592年に漆黒、黒瓦にふんだんに金箔をほどこした七層の勇壮な城が完成。金箔は当時会津ではキリシタン大名であった氏郷が外国の金の採掘技術を取り入れ豊富に金が採れたことによるものです。城の名を、氏郷の幼名が鶴千代、また蒲生……

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氏郷が遺したもの その2

氏郷の窯 再現 蒲生氏郷が奥州仕置きにより会津に入ると、さっそく七層の天守閣の建設に着手します。屋根瓦を焼かせる必要から、城の近くの小田山山麓近辺に窯をたくさん作りました。その後1662年に会津本郷に窯が移され現在の会津……

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