氏郷が遺したもの その2

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氏郷の窯 再現
蒲生氏郷が奥州仕置きにより会津に入ると、さっそく七層の天守閣の建設に着手します。屋根瓦を焼かせる必要から、城の近くの小田山山麓近辺に窯をたくさん作りました。その後1662年に会津本郷に窯が移され現在の会津本郷焼の隆盛につながります。また千利休の七哲の一人であった氏郷は、織田、豊臣、前田、蒲生にのみ製造を許された「天目茶碗」を大塚山窯で焼かせました。
會津十楽では、蒲生時代当時の製法により、氏郷が戦地で愛用していた馬上盃、そして茶道を愛した氏郷を偲び、茶香炉を復刻します。天目茶碗は会津工業高校の手により近年復刻再現されました。そちらも十楽で展示します。
*写真は復刻される馬上盃の制作途中の姿です。限定制作ですので、欲しい方は事務局までご予約を。