氏郷が建てた鶴ヶ城
2013年08月3日
1592年に漆黒、黒瓦にふんだんに金箔をほどこした七層の勇壮な城が完成。金箔は当時会津ではキリシタン大名であった氏郷が外国の金の採掘技術を取り入れ豊富に金が採れたことによるものです。城の名を、氏郷の幼名が鶴千代、また蒲生家の家紋が夫婦鶴ということから鶴ヶ城と命名されたということです。氏郷はこの城の庭で茶会をよく催しました。この茶会には家臣のみならず、城下の商人、町民、農民区別なくオープンに招き振舞ったそうです。お城に親しませることで、階層なく會津人としての誇りを持たせ町づくりを活性化させるという氏郷の城主としての懐の深さと経営感覚の豊かさを感じますね~。
会津十楽でも3日間、野点でお茶を振る舞いますので是非当時に想いを馳せてくださいね。